ACT・2 『雷鳴』 〜ライメイ〜
雨の中、道で擦れ違う人は浴衣姿の蘭を腕に抱えて走る新一を振り返る。
「新一…。恥ずかしいよ…。」
「バーロッ。オレだって恥ずかしいよっ!いいから黙ってろ!!」
激しく降る雨の中でもお互いの鼓動が聞こえてしまう気がする。
新一の腕って、こんなに逞しかったんだ…?
新一は家に着くと、玄関先で蘭を降ろした。
「ごめんね…。重かったでしょ?」
蘭は真っ赤になって言う。
「ああ、すっげえ重かった。蘭を置いて一人でさっさと帰って来りゃ良かったぜ…。」
…んな事するハズねーだろ?
蘭も新一は絶対にそんな事しないと分かっているからか「もーっ」と拳を軽く振り上げて笑う。
「…っくしゅんっ!」
雨で濡れてしまった為随分体も冷えてしまい、蘭がくしゃみをする。
「寒いか?とにかく入れ。」
見かねて、新一は家へ招き入れた。
リビングに蘭を通すと、タオルをポンッと蘭に投げた。
「風呂使っていいよ。冷えちまっただろ?」
「でも、わたし着替えないよ?浴衣一人じゃ着られないし…。」
「ソレ、どうやって着たんだよ?」
「お母さんの所へ行って着せて貰ったの。」
新一は少し考えて二階へ行く。暫くして母親の服を手にリビングに戻って来た。
「母さんので良けりゃ着ろよ。どうせ使ってねぇんだし。」
「いいの?」
「良いどころか、アイツこれが自分の服だって事も忘れてるぜきっと。貰ったって分かりゃしねーよ。」
「貰うワケにはいかないわよ。でもお言葉に甘えてお借りしちゃおうかな。」
蘭は、新一から有希子の服を置け取り、
「じゃ、お風呂借りるね!」
と、リビングを出て行った。
蘭のご機嫌な鼻歌が風呂場の方から聞こえて来る。
…蘭のヤツ、全然オレの事警戒してねぇな…。
今日、蘭をどうこうしょうなんて考えているワケではないが、全くその気がないと言ったら嘘になる。
まあ、今までだって今日の様にこの家で二人きりになる様な事も何回かあったが、蘭が新一を信頼しきっている為何も出来ずにいた。
実は新一はその度に耐えに耐えて来たのだが。
絶対アイツオレを『男』として見てねぇ…。
新一は深く溜息をついて、リビングのソファに腰掛けた。
蘭の信頼は裏切りたくない。
小さい頃からずっと大好きだった。誰よりも何よりも大切な幼馴染。
一番大事な宝物。
キスはしているものの、それ以上の事を求めて蘭に嫌われたくないし、蘭を傷つけたくない。
……それにしてもアイツいい香りがしたな…。
見慣れない浴衣の所為か……いつもより大人っぽかったな…。
新一は今日の蘭の浴衣姿を思い出す。
普段は下ろしている絹のような長い髪も今日は浴衣に合わせてきゅっと綺麗にまとめていた。
そして、そこから覗く白く細い項…。
風に遊ぶ後れ毛…。
一つ一つが鮮明に思い出せる。
新一は身体の奥が熱くなるのを感じて、それを誤魔化そうと小説を手に取った。
「新一、お風呂ありがと。」
有希子のシャツとジーンズを着た蘭がリビングに戻ると、新一はソファで小説を開いたまま眠っていた。
「もぉー…制服のままじゃないの…。」
蘭が新一の肩を揺する。
「新一、濡れた服着てこんなトコで眠ってたら風邪ひいちゃうわよ?」
「んー……あれ…?…オレ眠ってた…?」
新一は目を擦りながら起き上がる。
「新一も温まっておいでよ。随分体冷えてるみたいよ?」
「ああ…そうする…。」
新一はソファから立ち上がって、まだ目が覚めてないのかボーっとした表情でドアの方へ行く。
「新一、キッチン借りるね。」
「んあ?」
「簡単なもので良かったら新一がお風呂入ってる間に作っちゃうから。お腹すいてるでしょ?」
「さんきゅ。」
ふふッ。なんか新婚さんみたーい。
蘭は新一の為に料理をしている自分が新婚夫婦の奥様のように思えて嬉しくなる。
野菜を刻みながら、鼻歌が漏れる。
ご機嫌だった蘭は、ふと雨音が激しくなっている事に気が付いた。
「雷まで鳴ってる…。止まないかなぁ…雨…。」
丁度料理が出てきた頃、新一がリビングに戻って来た。
「お、美味そー。」
「有り合わせの物だけどね。冷めないウチにどうぞ。」
食事を取りながら蘭が新一に言う。
「冷蔵庫の中見て吃驚しちゃったわよ。新一、ちゃんと自分で料理とかしてると思ってたのに、殆ど何も入ってないんだもん。」
「…いつもはしてるよ。ここんとこ事件が続いたから買い物行けなくて、コンビニやレトルトに頼ってたんだよ。」
「そんな食生活じゃ倒れちゃうよ?アンタ探偵以前に高校生なんだから!ちゃんと両立させるにはもっと健康にも気を遣って…。あ、それから脱衣所の洗濯物!よくあんなに溜めたわね?ちゃんとマメに洗濯しないと…。」
新一はそんな蘭のお説教を聞きながらクスッと笑う。
「…何よ…?」
自分の説教を真面目に聞いてない新一を蘭は睨んだ。
「いや…。オレが元の姿に戻っても、やっぱり『蘭姉ちゃん』だなって。」
「茶化さないでよ!本当に心配して言ってるのよ?」
「判ってるよ。」
新一は立ち上がって、リビングの棚の引き出しの中をごそごそと漁る。
「?」
蘭は、新一の行動の意味が分からず、キョトンとした目で新一を見ていた。
「ホラ。」
新一は蘭に小さな固い金属の物を握らせる。
「…何?」
蘭は新一に握らされたものをじっと見る。
…コレ…って…。
「ウチの合い鍵。蘭も部活があったり、自分んちの家事やったりで大変だと思うけどさ、気が向いた時だけでいいから、好きな時に来て家ん中の事好きにやっていいよ。」
少し照れくさそうに新一が言う。
「コレ…。わたしが貰っていいの?」
「ああ。蘭に貰って欲しい。別に家事をオメーに押し付けようとかそんな事は考えてねーぞ。オメーにコレを貰って欲しいだけだからさ…。」
「…ありがとう…。凄く嬉しい…!」
蘭はまるで最愛の人からのプロポーズを受けたような気分になり、幸せそうにはにかむ。
新一もそんな蘭を見て嬉しくなった。
「新一。コーヒー飲む?」
食事を終え、食器を片付けていた蘭が、リビングで本を読んでいる新一に声を掛ける。
「ああ。さんきゅ。」
「ブラックでいいよね?」
新一用のブラックと自分用にシュガーを少しとミルクをたっぷり入れたコーヒーを持って、蘭がリビングに戻って来る。
新一は蘭といる時はなるべく本を読まない様にしている為、本を閉じてコーヒーのカップに口を付けた。
「なぁ、蘭。今日おじさんは?」
あ、ヤバイ。
こんな事訊いたら蘭が警戒して…
「依頼で新潟行ってるわ。二、三日は戻らないと思うけど?」
…してねぇな。全っっっ然…。
他愛もない話をしている蘭の耳につく雷の音。
「…雷…。酷くなってるね…。帰れるかな…。」
蘭は雷が大の苦手だった。腕っ節は強い割りに、雷とホラー系の物は全く駄目なのだ。
派手な音を立てて、雷は鳴り続けている。
蘭は不安そうな表情を隠せず、無意識のウチに新一が着ているTシャツの袖の端をきゅっと掴んでいた。
そこへ一際大きな音がした。
「きゃーっ!!」
蘭が新一の胸に飛び込む。
「バ…ッバカ!コーヒー零れちまうだろっ?!」
蘭にとってはコーヒーどころではない。
タイミングを図った様にフ…ッと電気が消えた。何処かに落ちたらしい
「やだやだやだぁーっ!」
「…蘭…?」
新一の腕にすっぽりと収まった蘭はガタガタと小さく震えている。
新一はコーヒーカップをコトンとテーブルに置いて、蘭をそっと抱き締めた。
「蘭…。大丈夫だよ。オレがいるだろ?」
新一の囁く様な優しい声に、蘭は少しづつ安心していく。
雷は鳴り止まない。
でも蘭の耳にはもう新一の心臓の音しか聴こえていなかった。
そうしているうちに、雷はだんだん遠くなり、電気も復旧した。
蘭は自分が随分と大胆な事をしてしまった事実に気付き、真っ赤になる。
少しバツが悪そうに新一からそっと身体を離す。
「ご…、ごめんね、新一…。」
身体を離しかけた蘭を新一はグイッと、自分の腕の中に引き戻し強く抱き締めた。
「し…っ、新一…っ?」
新一の思い掛けない行動に蘭は戸惑う。
「し…んいち…?あ…あの…。」
「………泊まって行けよ…。」
新一の声が低く頭の中に響く。
「どういう意味か…分かるだろ…?」
雨の音が一層激しく聞こえる中でも、囁く様な小さな声は確実に蘭の耳に届いた…。
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