※このお話しは表サイトで発表されております『夏の幻』続編ですが、『夏の幻』は特に読まなくても御理解頂けるお話だと思います(笑)。

 

 

マボロシノアト

 

 

プロローグ

 

その日は提無津川の花火大会だった。

新一は、蘭と花火を見に行く約束をしたが、例によって警視庁捜査一課の警部様より『お呼び出し』があり、現場に行かざるを得なくなって蘭を怒らせてしまった。

結局は事件が片付き次第蘭の所へ駆け付けて、蘭も機嫌を直してくれたワケだったけど…。

 

 

ACT・1 『帰り道』 〜カエリミチ〜

 

花火大会会場からの帰り米花公園に差し掛かった時、蘭は何かに気付いて新一に笑顔を向ける。

「新一!ホラ、縁日やってるよ!」

花火は終了したものの、米花公園の中は縁日の屋台が賑わっていた。

「ね、新一。ちょっと寄って行こうよ。」

笑顔の蘭に、新一はドキッとする。蘭は、まるで貰ったプレゼントの箱を開ける小さな子供の様に、期待に瞳を輝かせていた。

新一も祭りの空気に触れ、何処かワクワクした気持ちになり、繋いだ蘭の手を曳いて公園の中へ入って行った。

 

「こっちも凄い人だね。」

花火の見物客がそのままこちらへ流れて来たのか、公園内は人でいっぱいだった。

「蘭、はぐれるなよ?」

「うん。」

新一は蘭の細い手をしっかりと握る。蘭は頷いて、新一の手を握り返した。

「蘭。何か欲しいモンとかねぇか?」

「えっ?」

新一の突然の質問に、蘭はパチパチと目を瞬かせた。

「今日も待たせちまったしな…。お詫びってワケじゃねぇけど…何でも欲しいモン奢ってやるよ。」

「いっ…いいよ、そんなのっ。」

蘭は慌てて首を振る。

「だって、事件だったんでしょ?仕方ないじゃない。それが新一の仕事なんだから…。」

「いいから奢らせろよ。オレがオメーに何か買ってやりてぇんだよ。」

蘭は上目遣いに新一を見る。

 

私だってお小遣いくらい持って来てるのに…。

でも、なんか嬉しい…新一の気持が…。

 

「じゃあねー、えっと…。」

蘭はキョロキョロと辺りを見回し、何かを見つけると、繋がれた新一の手を牽いた。

 

「あれ取って。」

蘭が新一を連れて来たのは、輪投げの店の前だった。

「あんなんで良いのかよ?」

「あんなのが良いの!」

蘭が指差したのはビーズで作られたオモチャの指輪。

 

指輪位、安いので良けりゃオモチャじゃねぇヤツ買ってやるのに…。

 

心の中で呟いて、店のオヤジに百円を渡すと、輪を三本くれた。

「お、兄ちゃん、彼女の為の指輪かい?」

オヤジが冷やかしの野次を飛ばす。

「さっきも彼女連れの若い男が三百円使ってことごとく失敗してたぞ。彼女の前だからってリキむなよー!」

 

…うっせーな。蘭が欲しいって言ってんだから、絶対取ってやるっつーの。

 

しかし、標的はかなり小さい上に遠い場所に置いてある。

一本目、二本目は外してしまい、蘭が小さく溜息をつく。

「…へたっぴ。」

「てめー…。だったら自分で取れよ。」

「新一に取って貰わなきゃ意味がないの!」

「…なんなんだ…。それは…。」

相変わらず、その辺は鈍い名探偵なのだった。

 

三本目の輪で、漸く指輪をゲットする。

「ホラよ。」

新一が手中に収めた指輪を蘭に差し出すと、逆に蘭が新一の目の前に白く細い腕をスッと差し出した。

悪戯っぽく笑っている蘭は嬉しそうに頬を紅く染めている。

「……。」

新一はその意図を察して、柔らかな蘭の手を取った。

 

ホント空手やってる手には見えねぇよなぁ…。

 

そう思える程、細くて華奢な手だった。

 

どうやったらこんな手で瓦なんか割れるっつーんだよ?

 

それに、家事全般をこなしているのだから、もっと荒れていてもいい筈なのに、蘭の手は白くて皇かだ。

 

新一は、自分の鼓動が早くなるのを感じた。

柔らかく、汚れないその手に触れているだけで、抱き締めたい衝動に駆られる。

 

蘭の薬指に指輪を収めると、新一はパッとその手を離した。

「…?…新一…?」

くるっと背を向けた新一を不審がって、蘭が新一の顔を覗き込む。

新一が耳まで紅くなっているのを見て、蘭は、新一が照れているのが判り、嬉しそうに微笑んだ。

 

花火の会場では、散々気障な事言ってたクセに…。

なんか…可愛い、新一…。

 

蘭は新一が単純に照れているのだけなのだと思っていたが、本当の所、新一はこれ以上蘭の手を握っていたら、又抱き締めてしまいそうで手を離したのだった。

「ら…蘭!腹減らねぇか?」

新一は、はぐらかすように蘭に訊く。

そう言えば、何も食べていなかった。

気が付くと辺りは、屋台から漂って来る、焼きそばやら、たこ焼きやらの美味しそうな匂いがしていた。

「オレ、何か買って来っからオメーはそこにいろよ。」

「うん。ありがと。」

「絶対に動くんじゃねぇぞ?オメー、ハイパー級の方向音痴なんだからよ。」

蘭は新一の言葉にぷぅっと頬を膨らませた。

「あのねぇ…こんな公園の中じゃ迷えって言われたって迷えないわよ。」

新一は公園の隅に蘭を残して、一人、食べ物を売っている屋台の方へ向かう。

 

あー、ヤバかった…。

さっきは周りの人達も花火を見るのに夢中だったから、誰にも見られちゃいねぇみてぇだったけどこんな所でいきなり抱き締めてキスなんてしたら、流石に蘭のヤツ、怒るよなぁ…。

 

新一は昂ぶった気持ちを静めようとその場を離れたのだが、その事が蘭に嫌な思いをさせる事になると気付いていなかった。

 

「かーのじょ、ひとり?」

新一を待っている蘭に、お決まりの声が掛かる。

見ると、花火の会場では一人だったが、今度は三人の大学生位の軽そうな男たちが蘭を囲んでいた。

「あの、人を待っているんです。」

蘭は、無視できない雰囲気につい律儀に答えてしまう。

「男?」

「え…と…。はい…。」

「こんな可愛い子待たせるなんて、カレシの資格ねえよ。」

一人が蘭の手首を握って、自分の方へ引き寄せた。

「きゃ…っ!」

 

何で今日はこんな目にばかり合うのよ〜…っ?

 

普段から充分すぎる程魅力的な蘭は、今日は浴衣姿の所為で更に魅力的になっているワケだが、全く自覚していない。

「俺達が遊んでやるから来いよ。」

「や…っ!は…離して下さい…っ!」

 

新一…っ!早く帰ってきてよー…っ!

 

無理やり腕を引っ張られ、涙ぐみながらも思わず空手の技が出そうになるが。

「蘭っ!」

タイミングよく新一が戻って来た。

「新一…!」

新一の声に気を取られた男が蘭の腕を掴んでいた手を一瞬緩めると、蘭はその隙をついて新一の元へ駆け出す。

「蘭…。大丈夫か…?」

新一は蘭の背中に優しく手を回して、三人を睨んだ。

一見して自分達よりも年下と分かる新一だったが、その眼光の鋭さに思わず三人は怯む。

新一は普段から事件の現場で殺人犯と相対している分、その目にはその辺の男達とは全く違う威圧感があった。

「お…女の前だからってカッコつけてんじゃねーよ!」

ひとりが、ズイッと、新一に歩み寄ろうとした時。

 

「おまわりさーんっ!」

「こっちです、こっちーっ!」

高い大きな声が、その場の張りつめた空気を裂いた。

 

「…ち…っ。」

男達は舌打ちをして去って行く。

「大丈夫ですか?」

声の主は少年探偵団、元太、光彦、歩美だった。

「お…っオメーらか…っ。」

新一が目を丸くする。

「蘭お姉さんがからまれてるのに気付いてすぐ助けようと思ったんだけど、新一さんが来たからちょっと見学しちゃった。」

歩美がぺロッと舌を出して言う。歩美の愛くるしい笑顔はあの頃のままだ。

「でも、ちょっとヤバそうな雰囲気になって来たから、つい助けちまったぜ。」

元太がニカッと笑った。元太の生意気な笑顔もあの頃のままである。

「ありがとね、みんな。」

蘭は少し屈んで三人と目線を合わせた。

新一を名探偵として尊敬している光彦が蘭と新一を交互に見た。

「蘭さんは、工藤探偵とデートですか?」

光彦の問いに元太と歩美も答えを期待して蘭を見つめる。

蘭はポッと頬を紅く染めた。

「…んなんじゃねーよ…。」

新一がボソッと呟くと歩美は新一をジーっと見て、何かに気付いた様な顔をする。

「歩美ちゃん?どうかしたのか?」

新一が訊くと歩美はポツリと言う。

「新一さんって…コナン君にそっくり…。」

「…へ…っ?」

「コナン君が高校生位になったらきっとこんな感じ…。」

歩美の台詞に、元太と光彦も同意する。

「そ…っ、そうか?まーあのボーズとは親戚だしな…そ、それよりも、オメーらこんな時間に小学生だけで出歩いてんじゃねぇよ。」

新一は慌てて話題を変えた。

「新一!そんな言い方しなくたっていいじゃないの!」

蘭は新一を諭すが、確かに小学校低学年の三人が保護者もなしに歩く時間ではないと気付き、三人に優しく言う。

「さっきはホントにありがとね。でもホントにもう遅いから、お家に帰った方がいいわ。」

この三人は蘭の言う事は素直に聞くのだ。

「はーい。じゃ帰りまーす。」

「おやすみなさーい。」

光彦と歩美は可愛らしく言う。元太は…。

「じゃーな、新一兄ちゃん。蘭姉ちゃん襲うなよ。」

 

…クソガキ…。意味分かって言ってんのかよ…。

 

三人が去るのを見届けると、元太の言葉に真っ赤になって苦笑いしていた蘭が、新一を見る。

「新一、あの子達に話してないんだね…?」

「ああ…。アイツらがもう少し大人になったら言うつもりではいるんだけどさ…。」

新一の脳裏に『江戸川コナン』として、あの三人といた頃の事が甦り、新一は眩しそうに目を細めた。

ふと、蘭は思い出したように訊く。

「アレ?新一、食べ物は?」

「ああ。どこの店もすげぇ混んでてさ、並んじまったらまた蘭を待たせると思って…。でもいいタイミングで帰ってきたろ?」

と、その時大粒の雨が落ちて来た。

「冷た…!やだ、雨?」

「蘭、走るぞっ!」

新一が蘭の腕を掴んで走り出そうとすると、蘭は抗議の声を上げる。

「新一!わたし…下駄…!」

 

あ、そうか…。コイツ浴衣だっけ…。

下駄じゃ走れねぇか…。

 

「蘭…少し大人しくしてろよ?」

「え…っ?きゃあっ!」

新一は蘭の腰と膝の裏に腕を回して、蘭をひょいっと抱え上げた。

 

…え…?!

 

記憶以上に軽い蘭に新一は吃驚する。

ニューヨークに行った時、熱を出して倒れた蘭を抱きかかえた事があったが、こんなに軽かっただろうか。

 

コ…コイツ、こんなに軽かったっけ…?

 

「やだっ。降ろしてよ!!」

蘭は新一の腕の中でじたばたする。

「バ…っ、バカ!暴れんなっ!!」

「皆見てるじゃないのっ。降ろして!!」

「大人しくしろって!放り投げるぞ!!」

新一は蘭を抱えたまま走り出した。

蘭は抵抗を止めて、恥ずかしそうに俯く。

 

蘭の髪の香りが、新一の鼻を擽り、蘭の肢体の柔らかさが、新一の胸を熱くさせていった…。

 

 


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