『 砂時計 』

  ひとつ…ふたつ…みっつ…一秒毎にサラサラと零れ落ちてゆく時間…。

  時が過ぎるのが怖くて。

  耳を塞いでも聴こえる、時の砂が落ちる音に怯えながら。

  キミへの想いをこのまま永遠に閉じ込めてしまえたなら…。

  …そう願わずにはいられなくて…。

第一章 『 壊れゆく日常 』


いつもと同じ朝。
蘭はいつもと同じ様に一緒に登校する為、新一を迎えに行く。

呼び鈴3回。いつもと同じく鳴らすと、インターホンを通じて新一が眠そうな声で返事をする。
『ハイ…。』
「おはよう!新一!!」
元気の良い蘭の挨拶に対し、新一は相変わらず眠そうな声。
『…おぅ、…ちょっと待ってろ…』
「まだ寝てたの?早く用意しないと先行っちゃうからね!」

そうは言っても蘭はいつも新一が出て来るまでちゃんと待っている。

「ワリィ、待たせたか?」
新一は上着を羽織りかけながら出て来た。
「待ったわよ!きっかり5分!早くしないと遅刻しちゃ…」

そこまで言うと、蘭は新一の顔をジッと見た。
「…んだよ?」
「新一、なんか顔色良くないよ?」
「…そーか?気の所為じゃねーの?そっちからだと逆光になってるしさ。」
新一のはぐらかすような台詞に蘭はある事に思い当たった。
「あー!もしかして、また遅くまで本読んでたんでしょ?」
蘭の指摘に新一は乾いた笑いを漏らした。
「そーゆートコは名探偵だよな、オメーはさ。」
「もうっ!今日は英単語のテストがあるって言ってたでしょ?流石の新一もテスト中に居眠りなんかしたら赤点だよっ?そうなっても知らないから!」
蘭は頬を膨らませて怒るふりをしながら新一の先に立って歩き出す。
「ちょ…っ待てよ!」
新一は門を閉めて慌てて蘭を追いかける。
蘭は新一の慌てる様子にクスクスと小さく肩で笑った。

これが新一と蘭の日常。

毎朝のように繰り返される風景。


「よー!オシドリ夫婦!今日も仲良く登校かー?」

「ら〜ん!おはよー!」

「工藤センパイ、おはようございまーす!」

並んで登校する二人に掛けられる声。
いつもと同じ。
変らない日常。

いつもと違っていたのは蘭の下駄箱に手紙が入っていた事。
ただそれだけだったのに…。


それだけの事がよもや二人の歯車を狂わせる事になろうとは、蘭は勿論、新一も思ってもみなかった……。




蘭はモテる。
器量の良さは母親譲りか。勿論スタイルもいい。
運動神経抜群、成績も決して悪い方ではなく、明朗快活、誰にでも優しく正義感も強い。
性格も申し分ないし、空手部の女主将として部員からの人望も厚い。友人も多い。
母親が家を出てから一切の家事をこなし、主婦歴10年。
料理の腕前はプロ並である。

最も、その料理を有り難くも口に入れる事が出来る男性は、父親の小五郎と、幼馴染兼、キス止まりではあるものの、最近やっと「彼氏」と呼べる立場に昇格した新一だけだが。

しかしながら本人は自分がモテている事には全く気付いていない。
人気がある事を鼻にかけていない事もある所為か、女性からも男性からも好かれている。
時々天然ボケをかます事もあるが、そんな事は御愛嬌。

それもまた人に好かれる理由のひとつ。

そんな蘭だから、ラブレターを貰う事は珍しい事ではないが、新一が復学してからは、その数はめっきり減っていた。
新一と蘭が両想いである事は、誰の目にも一目瞭然だったから。
それでもめげずに想いをぶつけて来て玉砕する男子も時々はいた。

ただ…、登校していきなり下駄箱にラブレターは不意打ちだった。
寝耳に水とはこの事を言う。

蘭はそれが何であるか一瞬分からず、手に取ってそれをマジマジと見つめ漸くソレが何なのかに気付き、「あ!」と小さく叫んでポケットにしまった。
上履きに履き替えていた新一は、蘭の声に顔を上げた。

「蘭、今何か隠さなかったか?」
「う…ううん、何も…っ!」

蘭は慌てて首を振るが、新一は蘭が右手で庇っている制服の上着のポケットに無理矢理手を入れようとする。

「やだっ!何すんのよっ!?えっち!」
蘭は身を翻して新一の手をかわした。
「バーロ。何か隠したのは分かってんだよ!何隠した?」
「何にも隠してなんかないもん!」
「オメー嘘吐くの下手なんだよ。探偵をナメんなよ?オレに見られて困るモンなのか?」
新一は半眼で自分より少し身長の低い蘭を見下ろす。
蘭は名探偵の新一には隠し通す事は不可能だと判断したのか、遂に口を割った。

「…手紙…。」

言った途端新一の口がへの字に曲がる。

(だから言いたくなかったのに…。)


「…男からか?」
「…まだ見てないけど…。」
新一は見るからに不機嫌そうな顔をしている。
「…新一、怒ってんの?」
「…別に…。…遅刻しちまう。先行くぜ。」
新一は蘭に背を向けて先に教室に向かった。

(何よ…。めいいっぱい怒ってるじゃないの…。)
蘭は新一の後をトボトボとついて教室に向かう。

(新一だって、わたしに何か隠し事してるの知ってんだからね。)



そう…。新一には蘭に打ち明けられない事があった。
それが何であるかは判らないが、蘭は新一が隠し事をしている事には気付いていた。
でも蘭は、新一がいつかは自分から話してくれると信じている。


新一が実はコナンであった事を話してくれたように。

コナンとしていつも自分の傍にいて、小さな手をいっぱいに広げ、どんな時でもずっと自分を守ってくれていた事を…。



「おはよう、蘭!」
教室に入ると園子が声をかけてきた。
「おはよう、園子。」
蘭が返事を返すと園子はこちらに背をむけている新一をチラッと見て言う。
「元気ないじゃん。ダンナと喧嘩?」

(鋭いなぁ、園子は…。)

「そんなんじゃないよ。新一の機嫌が悪いだけ。」
「ふ〜ん…。新一君の機嫌が悪くなる理由っていつも蘭絡みの事だと思うんだけどさぁ、それって喧嘩って言うんじゃないのかな?」
園子は、さあ話してご覧なさいとばかりに蘭の顔を覗き込んでいる。
「…今朝わたしの下駄箱に手紙が入ってただけよ。それでご機嫌ナナメになっちゃったの。」
蘭は園子から視線を逸らせて白状した。
「愛されちゃってるねー。蘭は!で?誰から?」
「まだ見てないから知らないよ。」
「あらら。相手も可哀想に。読んでも貰えないなんて。」
園子はそう言いながらも同情心の欠片すら見えない表情で言う。
「ねぇ、見せて見せて!」

同情心処か、好奇心の塊のような親友は、興味津々、瞳を輝かせていた。
「出来ないよ、そんな事!相手にも失礼でしょ!?」
「いいじゃ〜ん!じゃ、相手の名前だけでも!」
「ダメったらダ〜メ!」

計ったようなタイミングで蘭を助けるかの如く予鈴が鳴り響く。

「ホラ!先生来ちゃうよ?席戻って!」
「ちぇ〜、ケチっ!」

そんな蘭と園子の遣り取りを新一は背を向けたまま聞いていた。
蘭が自分の方を気にしているのは、背中に感じる視線で分かる。
分かるには分かるが、つまらない嫉妬心と蘭に話せない隠し事の所為で蘭を直視する事が出来ないでいた。

『   毛利 蘭 様

 話したい事があります。

放課後旧館の屋上で待ってます。

         3年C組 井出 琢己   』



手紙には短く用件だけが記されていた。
どんな話なのかは察しはつく。
蘭は自分がモテる事は自覚していないものの、今まで何度もこういった呼び出しを受けては告白をされていたから。

その度に『好きな人がいるんです。』と事実を打ち明けていたが、自分に好意を寄せてくれる人にそんな事を言うのは、心優しい蘭にとって辛い事だった。

放課後、重い気持ちを引き摺って手紙の差出人に指定された場所に向かう。

蘭は相手の名前は知っていたが、名前と顔が一致するという程度で話をした事はない。

今日一日、新一は蘭に話し掛けても来なかった。
いつもと同じように昼休みに蘭が手作りの弁当を渡した時も「さんきゅ。」とだけ言って受け取りそのまま何処かへ行ってしまった。

「毛利さん。」

蘭が屋上に行った時には相手は既に来ていた。

「ごめんね。急に呼び出したりして…。」
「いえ、お話って何ですか?」
蘭は用件を早く済ませたくて訊ねた。

「毛利さんさ、工藤新一と付き合ってるんだろ?」

突然の不躾な質問に少なからず不快感を覚え、なんと答えて良いものか迷う。
蘭が躊躇していると相手はイヤな笑みを浮かべて、蘭に一歩近づく。

「工藤と別れる気ない?あいつ『探偵』なんてやってて、警察に依頼されては早退とかしててさ…。デートの時なんかもそうなんだろ?セックスの途中で呼び出されたりしてるんじゃねぇの?毛利さん、可哀想になぁ。」

何故、名前しか知らない上級生にこんな事を言われなければならないのか…。

蘭はこの上級生に怒りを感じた。
可哀想も何も、蘭は新一とそういう事をした事がない。

「オレだったら毛利さんにそんな思いさせないよ。ちゃんと最後までしてあげるからさ…。工藤なんかやめてオレと付き合わない?」

あまりにも下世話すぎる話に蘭の頭に血が上る。

「そういう『お話』でしたら、帰ります!」





「え?蘭?知らないよ。」
「蘭ちゃん?さっきまで此処にいたんだけど。」
新一は、今日一日自分が蘭にとった態度があまりも大人気なかった事を反省し、蘭に謝って一緒に帰ろうと、蘭の姿を探すが見当たらない。


それに今日こそ蘭に話さなければならないと思っていた。
この事を話したら、きっと蘭を泣かせる事になる。
でも、いつかは話さなければいけない…。


「蘭なら階段昇ってくの見たから屋上じゃない?」
「さんきゅー、園子。」
「ねぇ、新一君。」

教室を出かけて園子に呼び止められる。

「蘭、今朝から可哀想だったよ?ずっと新一君を気にしてたのに新一君まるっきり無視してくれちゃってさぁ。……蘭を泣かしたらわたしが承知しないからね。」

最後の一言はいつもおちゃらけてる園子にしてはかなり真剣な声だった。


蘭に『隠し事』を打ち明ける事が出来ない新一には胸に刺さる言葉…。

「ヤキモチも可愛いけど、大概にしとかないと愛想つかされるよ?」
「……んなんじゃねーよ…。」
新一は園子にも聞こえない程の小さな声で呟くと踵を返して屋上に向かった。


「そういう『お話』でしたら、帰ります!」

新一が屋上の扉を開けようとすると蘭の声が聞こえた。

(もしかして、あの手紙くれたヤツと会ってたのか…?)

新一はその事に思い至り、そっと気付かれないように扉を少しだけ開けて、屋上を覗く。
目に入ったのは知らない男の後姿と、赤面して怒っている様子の蘭。

「待てよ!」

蘭が立ち去ろうとするのを、相手は蘭の腕を掴んで自分の方へ引き寄せる。


「は…っ、離して下さい!」


「………!!」


相手は強引に蘭の唇に自分の唇を重ねた。


蘭は一瞬何が起こったのか分からずに目を見開いていたが、それが無理矢理に与えられたキスだと判断すると、相手を強く突き飛ばした。

「いやッ!!」


新一は信じられない物を目の当たりにして金縛りに遭ったように身動きができない。

今直ぐ相手に殴りかかりたいのに声さえ出ない。

ボロボロと涙を零す蘭を見て、蘭の唇を奪った上級生は満足気に口端で笑った。
「工藤に飽きたらいつでも相手してやっから、声掛けてくれよな?」
そう蘭に言うと、新一がいる扉とは逆側の扉から校舎に戻って行った。

「う…っうぅ…っ」
蘭はその場に蹲って泣き出す。

今、自分に口付けたのは新一ではない人…。

新一以外の人には決して許してはいけなかったのに…!


(どうして…?どうして新一以外の人にキスなんかされなくちゃいけないのよ…っ?)

蘭は穢れてしまった唇を袖口でぎゅと拭う。

ギィ…ッと扉が開く鈍い音に顔を上げると新一が茫然と立ち尽くしていた。

「し…っ、…しんいち…っ!?」


(今の新一に見られた!?)

「…誰だよ、アイツ…?」

新一は絞り出すような掠れた声で蘭に問うた。
蘭は蹲ったまま涙の溢れる目で新一を見ている。

「どういう事だよ…?なぁ、蘭…。説明しろよ…。」

新一は漸く呪縛が解けたかのようにゆっくりと一歩ずつ蘭に近づいて行く。
蘭は自分だって何が何だか判らずにいるのに説明のしようがない。

「答えろよ!!蘭!!」

新一の怒鳴り声に蘭の身体がビクンッと竦む。

「…ぅ…判んない…わたしだって…判んないよぉ…っ」
蘭は自分の膝に顔を伏せて泣き出した。

「来い。」
新一は低い声でそう言うと、蘭の腕を強く掴んで蘭を無理矢理立ち上がらせる。

「痛…っ!」

強く腕を牽かれて蘭が痛みに声を上げた。
新一は蘭の腕を牽いて校舎に戻ると階段を降りて行く。

「し…っ、新一!痛い!離して…っ!」
蘭の抗議の声も新一の耳にはまるで届いてはいない。


新一は屋上から一つ降りた階の資料室に蘭を突き飛ばすように押し入れると後ろ手にドアを閉め、鍵をかけて蘭に歩み寄る。

「な…何?新一…。…んん…っ!」
蘭を強く抱き締め、戸惑う蘭に乱暴に口づけた。
「んん…っ」
何度も角度を変えて蘭の唇を啄ばみ、頑なに結ばれている蘭の唇を舌でこじ開ける。
「ん…っ!ぃや…っ!!」

蘭がやっとの思いで新一の唇から逃れた。

「なんで…?なんでこんな事…。」

今まで新一に与えられたキスはとても優しいものだった。
そっと軽く唇を合わせるだけのキスしか蘭は知らなかった。

「オメーは誰にも渡さねぇ…。他の誰にも触れさせねぇ…!オメーに触れていいのはオレだけなんだよ…!!」
「…し…新一…?」
蘭は新一の瞳に狂気の色を見出し、身の危険を感じた。
「やだ…っ!」

新一の腕から逃れドアの鍵を開けようと手を伸ばすが、一瞬早く新一の力強い手に捉えられる。

「きゃ…っ!」
思わぬ力で引っ張られて蘭が短く悲鳴を上げた。

ガタンッ!

大きな音を立てて床に倒され、新一に押さえ込まれる。
新一は蘭の上に馬乗りになって、上から押さえ込んだ蘭を見下ろす。

「逃がさねぇ…!…オメーはオレのモノだ…!」

蘭の知らない新一がそこに居た。



「今からそれを分からせてやるよ…!」






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