『 砂時計 』

 

第五章     『 君の声しか聴こえない 』


―――え…?今何て言った…?灰原…


―――覚悟しておきなさいって言ったのよ…このままの生活を続けていたら、あなたも私も必ず近い内に死ぬわ。


そんな会話が新一と志保の間で交わされたのは、1週間前の事だった。




雨ですっかり身体が冷えてしまった蘭は、風呂で温まるよう新一に言われ、湯船に浸かりながら先程聞いた新一の言葉を頭の中で反芻する。

「身体や心臓が弱ってるって言っても、手術次第では全くの健康体に戻れるんだ…それで東都大付属病院の先生にロスの病院を紹介された…」

サラサラと零れ落ちる砂時計の砂のように、静かに新一が蘭に語る。
蘭は何も言わずに新一の言葉を聴いていた。





「灰原はもう行く事を決めたらしい。オレもその内に行こうと思ってる…でも灰原と違って…」


そこで新一は、言いにくい事を告げるように大きく息を吸った。




「……オレの手術が成功する可能性は50%ってトコだ…」






新一の部屋のドアが音もなく静かに開く。
その気配にベッドに腰掛けていた新一は、ゆっくりと顔を上げた。
そこにはバスタオル一枚だけを捲いた蘭が佇んでいた。
無理やり奪われたとはいえ、一度は新一に抱かれた身体…。
自ら全てを新一に捧げる覚悟で、ここへ来た。



もう…戻れない……







「…新一…」
呼び掛ける声は今にも消えてしまいそうに小さく震えている。

「わたしを…新一のお嫁さんにしてくれる…?」
震える声で言う蘭の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れていた。

「オレでいいのか…?」
新一の問いに、蘭はそっと頷く。
「…新一じゃなくちゃ…イヤ…」
「オレはオメーを残して死ぬかも知れない…」

蘭が綺麗に微笑んだ。
「死ぬ時は一緒って言ってくれたじゃない…」
「オメーまさか…オレが死んだら自分も死ぬとか言わねーだろうな…?」

新一の悲しい言葉に、蘭は新一の胸に抱きついた。
「違うよ…一緒に死ぬのはずっとずっと先…今は二人で一緒に生きるの…!」



蘭への愛しさに新一の目に涙が浮かび、やるせない気持ちで新一は力いっぱい蘭を抱きしめた。



「…蘭!」




蘭を包んでいたタオルはハラリとその場に落ち、生まれたままの姿が新一の目に曝される。
二人の体は自然とベッドに倒れ、互いへの愛しさに強く抱きしめ合い、深く深く口付ける。
息をつく僅かな間も惜しく、夢中で舌を絡め合い、互いの唇を貪り合う。

やっとの事で唇を離すと、二人の間を銀の糸が結んだ。


「…はぁ…はぁ…はぁ…し、…ぃち…」
経験したの事のない激しい口付けに、蘭の息はすっかり上がってしまっている。
「はぁ…蘭…」
新一も、大きく息をつきながら、蘭の名前を呼んだ。



触れたい…もっともっとこの身体に触れていたい…



新一は、蘭の首筋にそっと唇と舌を這わせた。
「ん…っ」
蘭の身体がピクンと弾む。
「しんいち…しんいちぃ…」
ぎゅっとその逞しい身体を細い腕で抱きしめる。
新一の唇が蘭の白い肌を彷徨っていると、蘭の脳裏にあの日の記憶が蘇った。


「―――…っ!」

自然と身体が震える。
呼吸が苦しくなる。


 蘭を縛りつけ、その腕から自由を奪った新一のネクタイ。

 乱暴な口付け、痛い愛撫。

 強引な挿入。

 泣き叫ぶ蘭を楽しそうに見ていた新一。


「………っ」
蘭はその忌まわしい記憶を消そうと、ぎゅっと強く瞼を閉じた。
新一は蘭の身体の震えに気がついて、顔を上げた。
「…蘭…?」
蘭はぎゅっと硬く瞼を閉じたまま、小刻みに震えている。
「…オレが怖いのか…?」
そっとその頬を撫でながら問うと、蘭はゆっくりと瞳を開け、静かに…綺麗に微笑んだ。
新一の何もかもを許した、綺麗で儚い微笑み。
その瞳からは涙が零れていた。

 ―――綺麗だ…


泣かせているのは紛れもなく自分なのに、新一は素直にそう思った。


「怖く…ないよ…」
蘭は、自分の頬に触れている新一の手に自分の手を重ね、微笑んだままそっと瞳を閉じた。
「平気…怖くない…平気だから……」
震えながらも…泣きながらも微笑んで蘭は言う。



蘭は全てを許して、自分を受け入れようとしてくれている。
言いようのない切なさに、愛おしさに、息が詰まる。胸が苦しくなる。



新一の目に再び涙が浮かんだ。






「…ごめん…ごめんな蘭……愛してる…」



あの日与えた乱暴なキスとは違う。
慈しむように、想いの全てを籠めて新一は蘭に口付けた。





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