『砂時計』

第七章  『叶える為の約束』


「ごめん…蘭…」

自分の髪を優しく撫でてくれる大きな掌が心地好く、まどろんでいた蘭は聴きなれた柔らかいテノールに呼びかけられて夢見心地のまま返事を返す。
「…ん…?何…?」
温かい布団の中で、素肌のまま新一の体温を感じ、そのぬくもりに酔い痴れながらそっと目を開けた。

「一昨日…あんな風にオメーをさ…」
蘭は顔を上げて新一を見た。
「新一…後悔してるの…?」
「…ったりめーだろ…」
「後悔するくらいならあんな事しなきゃ良かったのに…」
少しからかっている風な蘭のセリフに、新一はまるで拗ねた子供のように口を尖らせる。
「しゃーねーだろ…?抑えきれなかったんだからさ…」

新一はそう言って蘭の垂髪に唇を寄せた。

「オメーが好きで好きで堪んねーんだよ…抑えられるワケねーだろーが…」
優しく髪にキスを繰り返す新一に、蘭は「バカ…」と言いながらもクスクスと笑った。

「本当はさ…あの日、オメーに病気の事言うつもりだったんだ…でも、屋上で知らねー3年にキスされてたオメーを見て頭に血が上っちまって…」
新一は蘭の髪に何度も何度もキスを贈りながら、静かな声で言い続けた。
「自分の命は長くないかもって思ったら…死ぬかも知れないって事よりも…もしそうなっちまったらオメーに自分の存在を忘れられる事の方が怖くて…憎しみでも傷でも何でも、オメーの一番奥にオレの存在を刻み込みたくて…」
眉を寄せて苦しそうに懺悔するように…それでも静かに語る新一の声を、蘭はまるで音楽を聞くように聴いていた。
「ごめんな…馬鹿だよな…オレ…」
バツが悪そうに新一が視線を逸らす。
「ほんと…ごめん…」

新一の言葉を聴いていた蘭は、フッと目を細めて微笑んだ。

「…うん…大馬鹿だよ…新一は。わたしが新一の存在を忘れちゃうの?わたしが新一を憎むの?…馬鹿ね、そんな筈ないじゃない…」
蘭は「それにね!」と言いながら、仰向けになっていた新一の上に被った。
新一は面食らって目を丸くする。

「いつでも新一はわたしの一番奥にいるんだよ?もうずっと昔から。しぶとく居ついちゃって全然出ていかないの!」
悪戯っぽく笑いながら蘭は新一に軽く口付ける。
そして、新一のベッドの棚に飾ってあった、砂が落ちきってしまっている砂時計をクルリと返した。

蘭の綺麗な手に返された砂時計は、音も立てず、静かに落ち始める。

「大丈夫…新一は死なないよ…?新一はどんな時だってわたしの所に帰ってきてくれたでしょ?だから今度も大丈夫。」
蘭の力強い言葉に、新一は笑って蘭を抱きしめた。
「…スゲー…オメーがそう言うとその場しのぎの慰めなんかに聞こえねー。ホントにそんなそんな気がしてくる…」
蘭は強く抱きしめてくる新一の肩に大人しく寄り添った。

 …あったかい…新一はここにいる…
 ちゃんと温もりがある…

その事が嬉しくて、でも切なくて…涙が溢れそうになるのを蘭は堪えた。

 泣いちゃ駄目…
 新一を困らせちゃう…

蘭は新一に涙を見られまいとキュッと新一の胸に顔を埋めた。


「ところでさ…オレの嫁にしてくれってーの…撤回しねぇ…?」
蘭の髪を優しく撫でながら、新一が小さく言う。

予想もしていなかった言葉が聞こえ、蘭は「え…?」と顔を上げた。
そう言った新一の意図が判らない…
蘭の瞳が不安に揺れる。

新一はその表情を見てフッと笑った。
「…バーロ…なんて顔してんだよ?」
優しく微笑う新一に、蘭はきょとんと首を傾げる。

「プロポーズの言葉は男に言わせろって事だよ…」

思いがけない新一の言葉に、一瞬の間をおいて不安に揺れていた蘭の瞳がパァッと輝き、その頬が桜色に染まる。
新一は、グイッと蘭を引き寄せて、その身体を強く抱き締める。

「オレがオメーを残して死ぬようなヤツだったら見限ってくれても構わない…でも、オレはぜってぇオメーの所に帰ってくるから…だからさ…」
そこまで言って新一は目を閉じスゥっと息を深く吸った。




「だからその時は…オレと結婚してくれ。」





蘭の瞳が輝きながらも、大きく見開かれる。

 本当に…?
 夢じゃないよね…?

「蘭…?返事は…?」

幼い日からずっと夢見ていた愛する人からの…大好きな新一の求婚の言葉に、感極まって蘭の身体が震え出し、その大きな瞳から大粒の涙が零れた。
蘭が新一の胸に頬を埋めると、新一はこれまで以上に強く蘭の身体を抱き締める。


「……はい……!」



蘭は新一の胸を涙で濡らしながら答えた。






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