ACT・7 『至純の朝』 〜シジュンノアサ〜
蘭は、自分の身体の上にある重みに目を覚ました。
ボーッとした思考は自分の目の前にいる人物を認めて覚醒する。
新一…っ!?
新一の一方の腕は自分の頭の下にあり、もう一方の腕は、自分を包み込む様に、抱き締めてくれている。
体の上に感じていた重みは新一の腕だった。
…そっか…。わたし…夕べ新一と…。
昨夜の事が脳裏の蘇えり、蘭は頬を紅く染めた。
新一はまだ眠っている様だった。
蘭は、新一の寝顔を見ているウチに、ふわっと心が温まるのを感じた。
ねえ、新一…知ってる…?
わたし、今、世界中の幸せを一人占めしてるんだよ…?
幸福と喜びに心を満たされ、その桜色の唇から、綺麗な微笑みが零れる。
新一…。
凄く…凄く…大好き…。
もう、新一以外見えないよ…。
「…ふ…っ。」
理由もなく、涙が溢れてくる。
こんなにも、こんなにも新一が好きで。
それが堪らなく嬉しくて。
ただ、それだけで胸が熱くなる。
それが『恋心』だと自覚したのは、まだ、つい一年前の事。
でも幼い頃からずっと一緒にいて、いつでも守ってくれた。
ずっとずっと大好きだった、自分だけの王子様とひとつになれて。
神様に感謝せずにはいられなくて…。
蘭は少しの間泣き続け、涙を拭うと、新一の頬に指をのばした。
こんな間近で、新一の顔じっくり見た事なんてなかったけど意外とまつ毛長いんだ…?
流石あのダンディな優作おじ様と元女優の有希子おば様の息子よね?…整った顔してるなぁ…。
ファンレターやラブレターが多いのもムリないわ…。
……あ、ちょっとヤな事考えちゃった…。
「オメーさぁ…、さっきから何百面相してんだよ?」
眠っている筈の新一がぱちっと目を開けて、自分の頬に触れていた蘭の手を掴んだ。
「きゃ…っや…やだっ起きてたのっ?!」
「オメーが起きる前からな。」
新一が意地悪く、ニッと笑う。
「…タヌキ寝入りなんかしないでよ…。」
「目を覚ましたオメーがどんな反応するかと思って…。なんか幸せそうに笑ってると思ったら突然泣き出すし、かと思えば人の顔いじりながら神妙なカオしてるし…。」
新一はクスクス笑いながら言う。
蘭は拗ねる様な目で新一を睨んだ。
「どうして目を閉じててわたしの顔が見えるのよ?」
「バーロ、そんなの空気で分かるよ。…何で泣いてた?」
「………。」
蘭は新一の腕の中でくるっと寝返りを打って新一に背を向ける。
「…分かんない…。」
「何で分かんねぇんだよ?」
新一は蘭を背後から抱き締めたまま蘭の垂髪に唇を寄せる。
「…新一の事…凄く好きって思ったの…。…そしたら…そう思っただけで心臓がきゅんってなって…苦しくなっちゃった…。」
新一は肘を立てて、蘭の顔を覗き込む。
「あ…あの…新一…。あんまり見ないで…。」
蘭は新一の視線を感じて、新一に背を向けたまま頬を染めて俯いた。
「何で?オレの寝顔は散々、穴が開く程見てたクセに。」
新一は笑いながら蘭の頬にキスをひとつ落とす。
「…だ、だって…恥ずかしい…。」
蘭は昨夜の乱れた自分を新一に見られてしまった事が恥ずかしかった。
「夕べの事?」
新一の問いに蘭は少し間を置いて、コクンと小さく頷く。
保健体育の授業とか、友達の話とか聞いた事あったから…知識として『えっち』ってどんな事をするのか、なんとなくは知ってたけど…。
まさか…まさか自分のカラダがあんな風になっちゃうなんて〜。
それにあの声…。
あんなイヤらしい声が自分の口から出ちゃうなんてっ!
……新一どう思ったかな…?
変な風に思われちゃったかなぁ…?
ヤダヤダ!どうしよう!!すっごい恥ずかしいよ〜〜〜!!
「蘭」
新一は背後から蘭を抱きすくめ、首筋にキスをする。
「夕べのオメー、すっげぇ可愛いかった…。一生、忘れらんねぇ…。」
長い髪を払い、肩口に、背中にキス。
「あんなオメー見ることができるの、オレだけだよな…?誰にも見せんじゃねぇぞ…?」
蘭は更に真っ赤に頬を染め、新一の方に向き直してその身体を抱き返す。
「…バカ…!当たり前じゃないの!」
「…夢じゃねぇよな?オメー、本当にオレのものになってくれたんだよな…?」
新一が蘭に口づける。
「絶対…誰にも渡さねぇから…。」
「…わたしは物じゃないわよ?」
蘭はそう言いながらも頬を紅く染めたまま、幸せそうに微笑む。
愛されている。
新一の台詞一つ一つに愛を感じる。
ぎゅっと新一の身体を抱く腕に力を込めた。
「…あれ?新一…。」
「あん?」
蘭の指が何かに気付いた様に新一の背中の一ヶ所で止まった。
「背中…何か引っ掻いた?ミミズ腫れみたいになってるよ?」
「ああ…オメー、覚えてねぇのかよ?」
「何?」
「オメーが夕べやったんだろーが。」
新一は意地悪く笑いながら言う。
蘭は目をパチパチ瞬かせて少し考え込み、思い当たる事を見つけて、かあっと真赤になった。
「すっげぇ可愛かったぜー。必死にオレにしがみついて来て…。」
「ご…ごめん。…痛かったよね…?」
「あ、そうだ。今日体育の授業あったっけ。着替える時、皆に見られるなー。」
蘭は新一を睨む。
「どうしてそんな意地悪言うのよっ?」
「冗談だって。見られねー様にするよ。それにホラ、おあいこ。」
新一は蘭の胸元に指先で触れた。
そこには、新一の所有の証の紅い跡が点々と残っている。
やだ…っ!これってキスマーク?!
自分の目に見える所にこれだけあるのだから、見えない所は、もっと沢山付いているのだろう。
「おじさんにだけは見つかんなよ?オレ、殺されちまう。」
蘭はクスッと笑って答える。
「名探偵、毛利小五郎が殺人?」
「しかも被害者は高校生探偵工藤新一…ってオイオイ、誰が謎を解くんだ?」
蘭はクスクスと笑う。
「…最高…オメーの笑顔…。」
新一は蘭の手を取って、その指先にキスを与えた。
「…新一…。」
「…蘭…。」
蘭をぎゅっと抱き締めて口づける。
「…ん…。」
蘭もソレに応えようと瞳を閉じかけるが、閉じる寸前のその瞳の隅に映ったのは時計の針。
「んっ!?新一、ストップ!遅刻しちゃうっ!!」
蘭は新一をグイッと押し退ける。
時計を見ると7時20分。
「なんだよ?まだ時間あんじゃねーか。」
「ダメよッ。わたし着替えに戻らなくちゃだし、やだ、服着るからあっち向いててよ!あ、そうだ、シャワー貸して!」
あっち向いてて…って今更だろ?
もう全部見ちまったし…
服着るトコ見られるのってそんなに恥ずかしいコトなのかよ?
新一は口の中で文句を呟きながら、それでも蘭の言う事には逆らえなくて壁際に向く。
蘭がシャツを着ていると新一は、昨夜から気になっていた事を問う。
「なぁ蘭。オメー昨日大丈夫だったんか?」
「大丈夫って…何が?」
「だからさ…、その…危険日とか安全日とか…。」
新一は言い難そうに口篭る。
勿論、蘭も知らないわけではない。
周りからは『そういうコトに疎い』と言われているがそれなりに分かっている。
「えっと…うん…、ちゃんとした計算の仕方とかよく分かんないけど、多分大丈夫だと思う…。」
「…そっか…。」
新一のホッとしたような様子に蘭は少し複雑な気分になる。
「できちゃったら…困る?」
「ん?」
「その、赤ちゃんできちゃったら…新一、どうする…?」
「バーロ、何しけた声出してんだよ…。困るワケねぇだろーが。」
シャツを着終わったらしい様子に、新一は後ろから蘭を抱き締めた。
「…だって今、大丈夫って言ったらなんかホッとした感じだったもん…。だからできちゃったら困るのかなぁって…。」
「とりあえずまだ高校生だしな。もしもそんなコトになったとして、蘭がその事で苦しんだりするのはヤだし…。」
新一が自分の事を心配してくれていたのだと知って、一転して嬉しくなった。
「例えそうなったとしても、オレとしては大歓迎だから。…んな話してたら赤んぼ欲しくなっちまった。…今から作ろっか?」
新一は蘭の胸に後ろから手を触れる。
「や〜ん、もうっ!遅刻しちゃうってば!」
蘭は後ろから自分に絡み付いている新一を振り払い、ベッドから降りようと、床に足をつくが。
「きゃ…っ。」
ドスン!と、そのまま床の上に崩れてしまった。
????ヤダ…。
腰に力…入らない…?
「何やってんだ、オメー?」
頭上から新一の声がして蘭は新一を見上げる。
「あ…あのね…新一…。た、立てない…みたい…。」
「へ?」
「…腰に力が…入らないの…。」
ああ…そうか…。
結構無理な姿勢させちまったしなぁ…。
新一は自分も衣服を身に付けると、蘭を腕に抱え上げた。
流石に今回は蘭も抵抗しない。
「シャワー済んだら家まで送るよ。」
「あ…ありがと…。」
「ところで、ホントにおじさん、いねぇだろーな?オレ殺されるのは御免だぞ?」
蘭を抱えた新一が階段を降りながら訊く。
「うん。大丈夫よ。三日分のお泊りセット持って、昨日出掛けたばっかりだし、温泉だ酒だって騒いでたもん…。」
「オイオイ…。仕事で行ったんだろ?」
ま、あのおっちゃんならしょーがねーか…。
「ん?ってことは、今日もおじさん帰らねぇんだよな?」
「そうだけど?…何、考えてんのよ…?」
蘭は新一の少しニヤけた表情を見て、赤面して新一を睨む。
「今日も泊まり来いよ。」
「…ばか…っ。」
蘭を風呂場の前で降ろすと新一は蘭に軽く口づける。
「蘭、カラダ大丈夫か?今日ガッコ行けんのかよ?」
新一のちょっとした気遣いが凄く嬉しい。
「ん、大丈夫よ。…ありがと。心配してくれて。」
蘭はお返しに自分から新一に口づけて赤面した。
新一はそんな蘭が堪らなく愛しくなる。
エピローグ
朝の澄んだ空気の中、新一は後ろに蘭を乗せて、蘭の家に続くそれ程長くない道に自転車を走らせる。
蘭は新一の胸に背中から手を回して新一の温もりを感じていた。
新一、自分も不安だって言いながらも凄く頼もしかった…。
意地悪な事言いながらも優しかった…。
わたしが怖くないようにずっと抱き締めてくれてた…。
新一の背中にぴったりと頬を寄せて体温を感じていると、唇から自然と言葉が漏れた。
「…大好き…新一…。」
その声は風に乗り流されて行く。
「あん?何か言ったか?」
「…何でもないよ…。」
幼い頃からずっと大好きで
これ以上はないという程大好きなのに。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日の方が確実にお互いを好きになっている。
願わくは相手も同じ気持ちでいてくれます様に。
この温もりを手放したくない。
…明日はきっと、もっともっと、好きになる…。
・・・Fin.
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